minipin太郎 埼玉の空のもと

あれから11年が経ち、太郎マリオと人生終盤の日常の日記

昭和61年

昭和61年4月

彼もまた埼玉へやってきた

福島からやってきた


昨日の電話で彼の話を聞き

いてもたってもいられず

少ない電話登録から

彼の番号を知ってる先輩を探しだし

やっとつながった


孝生が12年前

同じように 

酷いと有名な支店に飛ばされ

もがきつづける中 

彼に電話でよくきいてもらっていた

「○○ 甘いよ」と彼に言われた


トルル~

「よぉ 久しぶり!」

俺「ん?俺の事わかるん?」

「アドレスが残ってるからなぁ」

俺「そっかぁ  俺はあの時 ほとんどのアドレス消去したからさぁ」


それからいろんな事を話した

やっぱり同じ

些細なことでも 

社会は人と人でつながっている

新しく赴任してきた部長が

パートさんに色々言う

「パートさん泣きながら俺に言ってきましたよ。パートさんに謝って下さい!」

それで気に入らなくて俺を出したんだ と思う

と彼が言った

立場が違えば見るもの感じる事が違うもの

ほんのちょっと紙一重


1ヶ月で会社に行く事をやめ今に至るという

病院というフレーズで

俺「心療内科だろう?で薬飲んでるんだろう?」

「そう」

俺も同じだった

その事ばかりで頭がいっぱいになり

逃れられない事でいっぱいになり

色々頑張ってみたけれどいきずまった

この電車に飛び込んだら楽になるかなぁと頭をよぎった事もあった


俺の経緯を話し

「こんど飲もうよ」と電話をきった


人生はどこでどうなるかわからない


ただ 、今、ハッキリ思う事は

区切りをつけないこと

続けていれば どこかでまた始まる

人のえんでつながって

動き出せるかもしれない


私も必死で生きてきた

毎日同じ事をしていれば要領はすぐ覚える

でも孝生はその後 また名指しで出張所へ行く事になりそこで新しい人間と仕事に出会い

業務縮小となってたくさんの勤務帯や夜勤のなか1人の兵隊となった

新しい関係のなか、それも自分より年下

同じ事やっているつもりでも元の職場と微妙に違って、で頭の中が混乱してきた


気が付けば

コロナが収束し 12年が過ぎていた


ほんの僅かではあるが

昔話に話を咲かせようと思う

そのほんの僅かな時間後 また1人の沼に

落ちていくかもしれない

だけど、離さない!


俺があの当時

同じようにもがき苦しんで

沼から出られなかった時

話をきいてくれた彼を放さない

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